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ニュースレター2025.8.12

【相続】デジタル遺言制度の行方

AIWA NEWS LETTER

筆者:税理士 齊藤 健浩

はじめに

ここ最近のIT技術の進化は目覚ましいものがあります。私たちの生活にも溶け込みつつある生成AIに限らず、IoT、クラウドコンピューティング、量子コンピュータ、メタバースなどの技術は、これまでの常識を突破してビジネスや生活をより便利なものへと導いています。

一方、行政面のデジタル化についても少しずつではありますが進みつつあり、その中でデジタル遺言制度についても検討が進められています。

まだ結論が出ているわけではありませんが、導入されれば利便性の向上が期待されるデジタル遺言制度の現時点における検討内容について解説します。

現行の遺言制度

現在の遺言は、民法において「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」、「秘密証書遺言」の3種類が定められており、それぞれ以下の特徴があります。

このうち広く利用されているのは「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」となります。

自筆証書遺言の正確な作成件数は不明なものの、法務局による保管件数は年2 万件程度となっており、保管制度を利用しない自筆証書遺言も多数存在することを踏まえると、実際の作成件数はさらに多いものと思われます。また、公正証書遺言作成件数は年12 万件程度となっています。
(これらの他、死亡危急時等の特別な状況下に限って認められる特別の方式があります。)


これまでの経緯

日本政府は、行政のデジタル化を重要な課題として位置付けて国家戦略を策定し、社会のデジタル化の基盤整備を進めています。その一環として、遺言制度については「規制改革実施計画」(2022 年6 月7 日閣議決定)において、「自筆証書遺言制度のデジタル化」が盛り込まれ、現行の自筆証書遺言と同程度の信頼性が確保される遺言を、簡便に作成できるような新たな方式を設けることが検討されることとなりました。

そして、学識経験者等で構成される本テーマに係る法制審議会の第1 回が2024 年4 月16 日に開催され、これまで11 回の開催(2025 年7月25 日現在)を経て、デジタル技術を活用した新たな遺言の在り方について少しずつ検討が深まってきているところです。

デジタル遺言制度に関する中間試案

これまでに遺言制度の見直しに関するたたき台が公表されており、その中でデジタル技術を活用した新たな遺言の方式として、以下の4 案が提言されています。

① 遺言の全文等を電磁的記録により作成し、遺言者による全文等の口述を録音・録画等により記録して遺言する方式(証人の立会いを要件とする)
  • . 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文、日付、自己の氏名及び証人の氏名その他証人を特定できる事項を記録する。
  • . 遺言者が、証人二人以上の前で、1.の電磁的記録が自己の遺言に係るものである旨、記録されている全文、日付及び自己の氏名を口述する。
  • . 証人が、遺言者に対し、1.の電磁的記録に記録された内容が2.の口述の内容と符合することを承認した後、記録されている自己の氏名その他証人を特定できる事項を口述する。
  • . 2.及び3.の口述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により電磁的記録に記録する。

①案は公的機関の関与が無く、比較的時間の制約が少ないため作成しやすい方法と考えられます。
一方で、相続開始後に家庭裁判所の検認が必要、方式不備から無効とされる恐れがある、紛失・隠匿の恐れがあるといった現在の自筆証書遺言と同様のデメリットが存在しています。
遺言内容の真意性、真正性については証人2人以上を必要としたうえで、その口述状況の録音・録画として記録することで確保することとしています。

② 上記①と同様の方式(証人の立会いを不要としてこれに相当する措置を講ずる)
  • . 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文、日付及び自己の氏名を記録し、電子署名を行う。
  • . 遺言者が、1.の電磁的記録に記録されている遺言の全文及び日付の口述を録音等により電磁的記録に記録する。
  • . 2.の記録をするに当たっては、遺言者の周囲に遺言者以外の者が立ち会わない状況下においてされたことを明らかにするとともに、遺言者以外の者が2.に定める口述をすることができないようにする措置を取る(民間事業者の提供するサービス利用を想定)。

①案の証人に代えて、民間事業者の提供するサービスを利用することをもって真意性・真正性を確保する案です。
証人が不要となるため、民間事業者の提供するサービス内容によっては①案よりも時間的制約が少なく、いつでも作成することができる方法と考えられます。
一方で、民間事業者のサービス利用コストがかかること、サービス内容によっては方式不備などにより無効とされるデメリットがあります。

③ 遺言の全文等を電磁的記録により作成し、公的機関でその電磁的記録を保管する方式
  • . 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文及び氏名を記録し、電子署名を行う。
  • . 遺言者が、オンラインの方法により、公的機関に対し、1.の電磁的記録、申請情報及び添付情報を提供して、保管の申請をする。
  • . 公的機関が、申請人(遺言者)に対し、その申請人が本人であるかどうかの確認をするため、その申請人を特定できる情報(マイナンバーカードに記録された署名用電子証明書等)の提供を求める。
  • . 遺言者が、公的機関に出頭し、1.の電磁的記録に記録された遺言の全文を口述する。ただし、公的機関は遺言者から申出があり、かつ、その申出を相当と認めるときは、Web 会議の方法によって口述させることができる。
  • . 公的機関が、保管の申請手続きが1.から4.までに従って行われたことを記録し、その電磁的記録を保管する。

③案は電子署名をしたうえで公的機関が保管時に本人確認等を行うことなどにより真意性・真正性を確保する方法であり、電磁的記録が公的機関で保管されることにより、変造・破棄・隠匿・紛失等のリスクを避けることができます。また、必要に応じてWeb 会議の方法によることも認めるなど柔軟な設計にもなっています。さらに公的機関による確認が行われるため、相続開始後における家庭裁判所の検認が不要になるといったメリットもあります。
一方で、公的機関の利用が必須のため、平日の日中に時間を確保しなければ作成できないなどの制約も発生します。

④ プリントアウトするなどして遺言の全文等が記載された書面を作成し、公的機関でその書面を保管する方式
  • . 遺言者が、全文が記載された遺言書に署名する。
  • . 遺言者が、公的機関に対し、1.の遺言書、申請書及び添付書類を提出して保管の申請をする。
  • . 公的機関が、申請人(遺言者)に対し、その申請人が本人であるかどうかの確認をするため、その申請人を特定できる書類(マイナンバーカード等)の提示を求める。
  • . 遺言者が、公的機関に出頭し、1.の遺言書に記載された遺言の全文を口述する。ただし、公的機関は遺言者から申出があり、かつ、その申出を相当と認めるときは、Web 会議の方法によって口述させることができる。
  • . 公的機関が、保管の申請手続きが1.から4.までに従って行われたことを記録し、その遺言書を保管する。


④案は、③案における電磁的記録を書面に置き換えた方法となります。③案と同様に公的機関が本人確認等を行うことにより真意性・真正性を確保でき、遺言書が公的機関で保管されることにより、変造等のリスクを避けることができます。また、書面という世代を問わず親しんだ様式での作成となるため、現時点において一番イメージしやすい方式と考えられます。
しかしながら、公的機関による書面保管という方式は、現行の自筆証書遺言保管制度とそれほど変わらない仕組みであるともいえることから、デジタル遺言制度の方式としては不十分な印象を拭えません。



このようにいずれも一⾧一短ありますが、これら4案のうち一つ又は複数の方式を創設する方向で法制審議会において引き続き検討が進められており、今後は法務省がパブリックコメントによる意見募集を行う予定となっています。

最後に

ここまで述べてきましたとおり、まだデジタル遺言制度がどのような形式となるかはっきりしていませんが、その前提にあるのは、デジタル化することにより作成・管理のための手間や各種リスクの低減を図ることにありますので、制度が創設された際には積極的な活用を考えていきたいところです。

日本は今後ますます高齢化社会となり、遺言の重要性は増していくものと思われます。

誰でも簡単に作れる活用しやすい遺言が、デジタル化によって実現することを願ってやみません。

相続プラクティスグループ(wealth-management@aiwa-tax.or.jp

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