筆者:税理士 村山 昌義
法律の適用にあたっては、法的三段論法に基づき、法令の条文を大前提とし、証拠によって認定された具体的事実を小前提として、これを当てはめることにより法律効果を判断します。ある法律効果が生じているか否かを判断するうえでは、その法律効果をもたらす法律要件を特定し、そこに当てはまる具体的な事実が存在しているか否かを判断する必要があり、この具体的な事実を要件事実(注1)といいます。
審査請求においては、事実認定が争点になることが多く、原処分庁(課税庁)と請求人(納税者)の対立点が要件事実の存否にある場合、原処分庁と請求人のどちらが要件事実を立証するのかという問題が生じるため、立証責任を意識することは非常に重要です。
そこで本稿では、立証責任について解説するとともに、審査請求において頻出する項目について裁判例・裁決の紹介を交えて確認したいと思います。
立証責任とは、立証の対象である要件事実の存否が真偽不明な場合、その事実が不存在であるとして、自己に有利な法律効果の発生が認められない一方当事者の不利益をいいます。
ある事柄について争いがあり、いくら調査・審理をしても証拠から事実を認定できないということは間々あります。このような場合でも、争訟である以上結論を出さなくてはいけないため、真偽不明になった場合に「どちらの主張が正しいのか」を判断するルールを決めておく必要があります。この場合の判断ルールが立証責任であり、当事者のいずれが立証責任を負うかについての定めを立証責任の分配といいます。
課税処分の適法性が争いとなる場合の立証責任の分配の考え方には複数の説があるといわれていますが、比較的有力な説として、民事訴訟において通説とされる法律要件分類説があります。法律要件分類説の考えに基づくと、租税債権が発する要件事実については租税債権者である原処分庁が立証責任を負い租税債権の成立を妨げ又は消滅する要件事実については、租税債務者である請求人が立証責任を負うとされています。これ以外にもさまざまな説がありますが、原則として原処分庁が要件事実の立証責任を負い、一部例外的に請求人が立証責任を負う項目があるというのが共通した考えといえるでしょう。
この考えを踏まえ、審査請求で頻出する具体的な例を挙げると以下のとおりとなります。
所得を課税標準とする所得税や法人税においては、所得を構成する個々の収入金額及び益金(以下「収入金額」という。)並びに必要経費及び損金(以下「必要経費」という。)の発生原因事実が要件事実に該当すると考えられています。そして、収入金額が所得の加算要素であることを考えれば、これらの発生原因事実の立証責任は原処分庁が負うことになります。
上記(1)に対して、必要経費は所得の減算要素であり請求人に有利に働くことから、請求人に立証責任があると思われがちですが、必要経費についても原則として原処分庁が立証責任を負うことになります。
この理由として、①所得金額は収入金額から必要経費を控除した額と定められており、必要経費が判明しなくては所得金額も確定することができないこと、②原処分庁が更正処分した以上は何かしらの資料により収入金額及び必要経費を把握しているはずであり、これを明らかにすることが著しく困難であるとは考えられないこと、③一般に収入を得るためには何がしかの経費を相伴うものであるから、必要経費の存否不明の場合に、この部分にまで課税すべきでないと考えられていること等が挙げられます。
しかし、実際の審査請求や税務訴訟では、原処分庁が主張する必要経費以上に必要経費が存在することを請求人が積極的に立証しない場合には、当該必要経費が存在しないものとして事実上の推定(注2)を働かせて、原処分庁の立証責任を軽減させます(注3)。
東京地判昭和63 年12 月14 日・判タ709 号172 頁
必要経費の有無については、原則として、課税庁が必要経費の不存在について立証する責任を負うと解すべきであるが、必要経費の支出は被課税者が行う行為であって、その内容は自らの行動として当然熟知しているものであり、これに関する証拠も被課税者が保持しているものであるから、必要経費が存在すると主張する原告たる被課税者が、必要経費がないという被告課税庁の主張を単に争うだけで、必要経費として支出した金額、支払年月日、支払先、支払った内容について一切具体的に特定して主張しないときは、公平の観点から事実上必要経費は存在しないものと推定するのが相当であるといわなければならない。
上記(2)に対し、簿外経費については請求人に立証責任があると解されています。
東京地判昭和52 年7月27 日・月報23 巻9号1644 頁
事業所得の算出上、必要経費の存否及び額についての立証責任は原則として課税庁側にあるものと解すべきであるが、実額課税である青色申告において、課税庁が認定しなかった簿外経費を納税者が訴訟において初めて主張する場合は衡平の原則上具体的にその内容を主張立証することが必要であり、これがなされないかぎり客観的にみてその存否、数額について何らの確認の仕様がないときは、納税者の側で経験則に徴し相当と認められる範囲でこれを補充しえない以上、これを存在しないものとして取扱われても止むを得ないものというべきである。
この点、令和4年度税制改正では、隠蔽仮装行為がある年(事業年度)又は無申告の年(事業年度)において、納税者が主張する簿外経費の存在が帳簿書類から明らかでなく、課税庁による反面調査等によってもその簿外経費の基因となる取引が行われたと認められない場合には、その簿外経費は必要経費又は損金の額に算入しない旨規定されました(所得税法45 条《家事関連費等の必要経費不算入等》3項及び法人税法55 条3項)。当該規定は、税務調査時に後出して簿外経費を主張する納税者への対抗策として設けられた規定であり、原処分庁の立証活動を軽減するものといえるでしょう(注4)。
所得控除や税額控除に対する立証責任の分配については諸説存在します。一例として、所得控除については、実質的に必要経費に準じて原処分庁にその不存在について立証責任があるとし、税額控除については一般的に恩恵的・政策的な理由に基づく税額の特別な減額制度といえるため、請求人に立証責任があるという説(注5)があります。
租税特別措置法に規定されている税額控除規定の多くは、恩恵的・政策的な理由に基づく税額の減額制度であるため、これらの適用を受けるうえでの要件事実については請求人に立証責任があるといえるでしょう。
横浜地判平成3年4月24 日・判タ770 号173 頁
(租税特別措置法35 条及び同法36 条の2《特定の居住用財産の買換えの場合の⾧期譲渡所得の課税の特例》に規定する居住用財産の譲渡について)右各規定は、住宅政策等の観点から所定の場合に租税を減免する例外的な特例規定であり、また、居住の意思をもって生活の本拠として財産を利用していた事実は、現に当該財産に居住していた原告らの支配領域に属する事柄であるといえるから、本件譲渡資産が居住用財産にあたることについては原告らが主張立証すべきである。
(注)原告は請求人を指します。
国税通則法65 条《過少申告加算税》5項に規定する「正当な理由」については、請求人が「正当な理由」に該当する事由の存在について立証責任を負うと解されています。
横浜地判昭和51 年11 月26 日・訴月22 巻12 号2912 頁
同法65 条2項(ママ)は過少申告加算税の課税要件そのものを規定したものではなく、同条1項所定の課税を具備する場合であっても、同条2項所定の場合には当該事実に係る増差税額分については過少申告加算税を課さない旨を定めた例外規定であるから、納税義務者の側に右の場合に該当する事由の存在について主張、立証責任があると解するのが相当である
国税通則法65 条6項に規定する、「修正申告書の提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでない場合」に該当するか否かについては、請求人が立証責任を負うと解されています。
東京地判昭和56 年7 月16 日・行集32 巻7号1056 頁
修正申告書の提出が更正があるべきことを予知してされたものでないときに例外的に加算税を賦課しないこととした前記法条の趣旨からすれば、右の点については、調査により更正があるべきことを予知して修正申告がされたものでないことの主張・立証責任が原告にあるというべきである。
(注)原告は請求人を指します。
国税通則法68 条《重加算税》に規定する重加算税は、過少申告加算税の加重形態であるため、その賦課要件に該当する事実(例えば、隠蔽又は仮装に該当する事実)の立証責任は原処分庁が負います。(東京高判平成18 年1月18 日・税資256 号順号10265)
更正の請求に理由がない旨の通知処分の取消しを求める場合、請求人が確定申告書の記載が真実と異なることについて立証責任を負うと解されています。
東京高判平成14 年9月18 日・訴月50 巻11 号3335 頁
更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟にあっては、申告により確定した税額等を納税者に有利に変更することを求めるのであるから、納税者において、確定した申告書の記載が真実と異なることにつき立証責任を負うものと解するのが相当である。
なお、国税通則法施行令6条《更正の請求》2項では、更正の請求をしようとする者は、更正の請求の理由の基礎となる事実を証明する書類を更正請求書に添付しなければならない旨規定し、更正の請求をしようとする者に対し証明書類の添付義務を課しています。
ところで、期限内申告に間に合わせるためその他さまざまな理由により、取り敢えずいったん申告し、間違いがあれば後日更正の請求をすればよい、と考える税理士・納税者の方が一定数います。しかし、更正の請求に係る立証責任は請求人(納税者)にあり、立証責任のハードルは思いのほか高いものです。
更正の請求に理由がない旨の通知処分に対する審査請求においても、請求人が主張の前提となる要件事実を立証できず、棄却されるケースがあるため、安易な「取り敢えず申告」は控えた方がいいでしょう。
未公表裁決(要旨) 令6年8月22 日・東裁(法・諸)令6第19 号
請求人は、取引先から請求された費用を法人税額の計算上、損金の額に算入せず、また、消費税額の計算上、仕入税額控除の対象とせずに提出した各修正申告書(本件各修正申告書)には誤りがあり納付すべき税額が過大であるから、請求人がした各更正の請求は国税通則法第23 条《更正の請求》第1項第1号に規定する更正の請求ができる場合に該当する旨主張する。しかしながら、請求人は主張の前提となる事実を立証せず、本件各修正申告書の内容が真実に反するものであることを立証していないから、本件各修正申告書に誤りがあり納付すべき税額が過大であるとはいえず、更正の請求ができる場合には該当しない。
本稿では立証責任とその分配について解説し、審査請求において頻出する具体例を確認しました。
原則として要件事実の立証責任は原処分庁が負うということは知られているものの、例外的に請求人が立証責任を負うケースや、立証責任を負わないまでも、有効な反証ができない場合に事実上の推定が働き、原処分庁の主張する事実が認定されてしまうケースがあることは意外と知られていません。
審査請求において何を主張するかは請求人の自由ですが、要件事実の存在を明らかにできないということは、求める法律効果の発生も認めらないことを意味し、空回りの主張となってしまいます。とりわけ、立証責任が請求人にある租税特別措置法上の恩典措置や過少申告加算税等の正当理由、更正の請求については注意が必要です(注6)。
(注1) 主要事実と表現されることもありますが、訴訟実務では同一概念として用いられることがあるため、本稿では要件事実で統一します。
(注2) 事実上の推定とは、間接事実から経験則によって事実を認定(推認)することをいいます。
(注3) 請求人の立証活動は、事実上の推定を覆すための反証(立証責任を負わない当事者の立証活動)を指し、請求人に立証責任が転換され
るわけではありません。
(注4) 財務省『令和4年度税制改正の解説』320 頁。
(注5) 紙浦健二「税務訴訟における立証責任と立証の必要性の程度」判タ315 号46 頁
(注6) 本稿の参考文献として、『租税訴訟の審理ついて』(法曹會、第3版、2018 年)、金子宏『租税法』(弘文堂、第24 版、2021 年)、中尾
巧・木山泰嗣共著『新・税務訴訟入門』(商事法務、2023 年)
審理部 税務調査総括担当(tax-investigation@aiwa-tax.or.jp)