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ニュースレター2022.3.7

【信託】信託と遺留分~判決事例から考える~

AIWA NEWS LETTER

筆者:税理士 齊藤 健浩

はじめにー信託と遺留分に関する判決ー

2006 年の信託法大改正以降、(民事)信託を用いた相続対策が少しずつですが着実に世の中に広がりつつあります。しかしその中でも、信託における「遺留分」の考え方については不明瞭なままとなっており、専門家の間でも意見が割れていました。その「遺留分」の取り扱いについて、2018 年9 月12 日、東京地裁において判決が出されました。
やや旧聞に属する内容ではありますが、民事信託を理解するうえでは避けて通ることはできない内容であるため、本稿ではこちらについて整理していきます。

遺留分とは

本題に入る前に、そもそも遺留分とは何なのか、あらためて確認します。
まず相続においては、各相続人の取り分として定められた「法定相続分」という決まりがあります。法定相続分は被相続人との血縁関係の濃淡によって割合が決まっていますが、必ずしもこの割合どおりに相続しなければならないわけではありません。特に遺言書がある場合は、法定相続分よりも遺言書の内容が優先されるため、本来の相続人に対して全く財産分与が無いというケースも想定されます。
このような時に本来の相続人が有する権利や利益を保護するため、相続人が最低限請求できる相続分、すなわち「遺留分」が規定されています(民法1042 条)。
この「遺留分」、信託を用いた際にどう取り扱うことになるのか?というのが今回のテーマとなります。

遺留分とは

事件の概要

被相続人A には相続人として3 人の子供(⾧男B、⾧女C、次男D)がいました。病により余命わずかと診断されたことに伴い、以下の信託契約を締結しました。

  • 全財産(自宅、収益不動産、金融資産等)の1/3 を⾧女C、2/3 を次男Dに贈与する死因贈与契約を締結
  • その後、Aを委託者、次男Dを受託者、Aを受益者とする自益信託を締結
    ・その際の信託財産は自宅、収益不動産、金融資産の一部(この結果として、①と②で重複した自宅、収益不動産については①の死因贈与契約の対象から外れました)
    ・当初受益者であるAが死亡した場合、⾧男B1/6、⾧女C1/6、次男D4/6 の順序・割合で新たな受益権を取得
    ・その後、上記の受益権者が死亡した場合には、次男Dの子供が均等に受益権を取得
  • Aはその後死亡しましたが、⾧男Bから遺留分を侵害しているとして遺留分減殺請求がなされて、本件訴訟に至る

遺留分に関する従来の見解

本件のように、当初受益者が死亡した場合に後継者が第二受益者となるような信託を「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」などと称します。この当初受益者から第二受益者への受益権移動(第一次相続時点)につき、遺留分侵害の有無についての判断が専門家によって以下の二通りに分かれていました。

  • 遺留分の問題が生ずる
  • いったん受益権が消滅し、第二受益者は全く異なる新しい受益権を取得すると考えるため、遺留分の問題は生じない


もし②の考え方が通用するのであれば、信託を用いることで遺留分侵害が生じないことになる一方、相続人の権利や利益が保護されないことになってしまうため、その取り扱いが悩ましいものとなっていました。

裁判所の判断ー本件信託は公序良俗に反するかー

実際の裁判の論点は複数ありますが、その中でも注目すべき箇所を取り上げます。以下の論旨をもって、本件信託は公序良俗に反しており無効との結論を導いています。

  • Aは本件信託において、自宅等から得られる経済的利益を分配することを信託設定当初から想定していなかったと認めるのが相当
  • 将来⾧男Bが遺留分減殺請求権を行使することが想定される中、その結果として⾧男Bの受益権割合が増加したとしても、自宅等から得られる経済的利益が無い限り、その増加した受益権割合に相当する経済的利益を得ることは不可能
  • Aが自宅等を信託財産に含めたのは、⾧男Bに対して実質的価値を伴わない受益権を与えることで、遺留分減殺請求を回避する目的があったと解さざるを得ない
  • よって、経済的利益の分配が想定されない自宅等を信託財産に含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用しており、公序良俗に反して無効である


このように実質が伴わない受益権を設定することで遺留分の効果を失わせる行為について、明確に否定した内容となっています。
本件は、4.の論点、すなわち第一次相続時点において遺留分の問題が生ずるか否かについて、直接争点となった訴訟ではありません。とはいえ、本件の訴訟提起が遺留分ありきで始まっていること、そのことについて裁判所も特段の異議を差し挟んでいないことからすると、今後の実務においては、「第一次相続時点においても遺留分の問題は生ずる」という前提のもと進めることが必要であるといえるのではないでしょうか。

最後に

本件判決は、将来の信託組成に新たな示唆を与えるものといえます。

  • 第一次相続時点において、遺留分の問題は発生する
  • 遺留分侵害を逃れるための実質を伴わない信託設定は無効となり得る


まだ信託の取り扱いについては不明瞭な部分も残っていますが、訴訟などを通じて少しでも明確になっていくことを期待したいところです。

信託 プラクティスグループ(trust@aiwa-tax.or.jp

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